忍びの国/和田竜

忍びの国 (新潮文庫)

忍びの国 (新潮文庫)

 

舞台は戦国の伊賀。

腕利きの伊賀忍者で変わった女房をもつ無門。伊賀らしくない心情を持ち合わせて“しまった”平兵衛。個性が光る人物が、それぞれ一生懸命に生きた結果として不思議なドラマが起こる。本作は、人物がそれぞれ作者に都合よく動かされているという感覚を受けることなく楽しむことができた。

伊賀者の特徴を作者は下記のとおり描く。

(前略)そしてなによりも殺戮を好むところ、もっとも伊賀忍者らしい男といえた。一方で、殺戮を好むわりに下人を相手にしょっちゅう冗談を飛ばすような気のいい男でもあった。

 (詰まるところ、根が単純なのだ)

 平兵衛の見るところ、次郎兵衛のような気質は多くの伊賀物に共通するものだった。享楽的で自己の欲望に正直なのである。

 かといって平兵衛は次郎兵衛を嫌ってはいない。むしろこの愚かな弟を愛してさえいた。(P.46,47)

伊賀者独特の冷徹さとあっけらかんとした人柄や、織田信長の息子信雄の葛藤など、人物像がしっかりしていて、時代考証もしっかりされているように思うが、読みやすい文体と迫力ある戦闘の光景から歴史小説のなかでもファンタジーに近い印象を受けた本だった。

 

戦国時代の伊賀に、そんな物語があったのかもしれない。そう心のどこかで思うエンターテイメント性の高い歴史小説だった。

 ――ふん。

 笑ったのは大膳の方である。

「無門よ。わしをそこらの葉武者と間違えるな」

 言うなり、めきりと音が鳴るほど槍の柄を握り締めた。次いで怒号を放つや夫雨滴な膂力(りょりょく)で槍の穂先を無門ごと持ち上げた。

「なに」

 無門は浮き上がっていく自らの身体に驚愕した。(P.311)