黒いスイス/福原直樹

 

黒いスイス (新潮新書)

黒いスイス (新潮新書)

 

 スイスの歴史を知りたくて、読み始めた。

永世中立国とは一体どんな政治体制で、歴史があり、思想があるのだろうか。それが手にとったキッカケだった。(実はずっと気になっていた)

 

1.ロマ(ジプシー)の子供を誘拐せよ

驚いたことは、スイスのなかに大きな人種差別が蔓延っていることであった。ロマの子供を親から引き離して“教育”する。

誘拐した公共団体の名前は「青少年のために(プロ・ユベントゥーテ)」という。今でもチューリヒに存在するこの団体は、1926年から1972年まで46年間、ロマ族の子供1000人以上を誘拐して親から引き離し、強制的に精神病院や施設などに入れていたのだ。一部の子供はスイス人家庭に里子に出された。そして子供たちは、成人するまで家庭との接触を一切禁じられていた。(P.13)

成人後も監視するのである。極めて異常な状況に、スイス政府が非を認めて賠償をはじめたのが80年代後半というから恐ろしい。優生学とは、かくも無残なことをするのかと思い知らされる話である。

 

2.「悪魔」のスタンプ

いわゆるJスタンプの話である。スイスが積極的にユダヤ人を区別するために、Jスタンプを押すように圧力をかけたというのである。そして、ユダヤ人の亡命を手助けしたスイス人が、ひどく苦しい生活を強いられたという惨い話であった。

 

しかし、国を国民を守るあまり、そのような政策に出てしまったスイスの政策は、理解できなくもない(できなくもないから恐ろしい)。

 

3.それぞれの戦い 「祖国」と「人道」の狭間

 人道のために戦ったスイス人の物語。だあその行為は、スイスの国益に反すると判断されてしまう。義勇兵に貼られたのは罪人のレッテルだった。国民が一致団結して国防に当たる「国民皆兵」を国是とするスイスは、当時(1936年~スペイン内戦)も今も、国民が外国の軍隊で戦うことを禁じているからである。

 

4.中立国の核計画

さもありなん。20世紀において核の問題は、どこにも付き纏っている。(それは21世紀において暗い影を落としているわけだが)

 

5.理想の国というウソ1 「相互監視」社会

帰化を求める人々の可否を住民投票で決めるというスイス。

写真や短い紹介だけでは人種差別を防ぐことは困難である。 

 

6.理想の国というウソ2 民主主義社会

毒を持って毒を制する。中毒者に対してヘロインを合法的に与えるスイスの話。本書で最も興味深い記述は、下記のものだった。

 ここで考えてしまうのあ、民主主義の「自由」と「義務」ということだ。民主主義といっても、個人の好き放題を許せば、他人の迷惑になってしまう。だからこそ民主主義は一定の義務を個々人に求め、義務を果たさない人間には、懲罰を科しているのだ。

 これをスイスの麻薬政策に当てはめてみよう。中毒者は、勝手に「麻薬」に手を出した人間、即ち市民としての「義務」を怠った人間だ。だがスイスは、彼らに懲罰を科さないばかりか、むしろ彼らの人権を擁護している。義務を怠った人間、誤りを犯した人間を、民主社会はどこまで受け入れるべきか……。スイスの麻薬政策が、「民主主義とは何か」という問題に、一石を投じていることは間違いない。(P.151)

 

7.理想の国というウソ3 「ある政治家との対話」

対外国人政策の行き詰まりを感じる。

大陸ならではの問題でもあるが、難民が押し寄せ、住民の難民への感情が悪化する。紛争が終わったら難民を断固として帰国させるスイスの政策の裏には、今後スイス国民が難民を受け入れなくなることを防ぐことを目的としているという。なんとも矛盾した政策であるが、非情な事態を避けるためにはいたしかたないようにうつる。 

 

8.マネーロンダリング

 スイスといえば、銀行といってもいいほど、国際的にみてもスイスの銀行の存在感や閉鎖性は特筆すべきものがある。しかし、その内情はよく分かっていなかったものだから、大変勉強になった。今まで守秘義務を第一としてきたスイスは、マネーロンダリングにどう対応しているのか。

やはり、急に変わることは困難であるのだろう。しかし、同時に脱税が犯罪でないことに驚いてしまった(ウッカリ脱税に限るが)。だから他国の脱税を受け入れることに対しても寛容であるという。国際的な立場を考えれば、批判を受けて体制が変わりそうなものだが、その体制を変えてしまうと“スイスの銀行”に金が集まらなくなるという苦しい実情がある。

 

いずれも、考えた政策であることは分かるが、なるほど“黒いスイス”である。

国民の閉鎖性と国は国民が運営しているという民主主義の間隔がスイスの背骨であり、同時に苦しさを生んでもいる。この国制から日本が学べるところはあるのか。永世中立国とは、いかなるものであるのか、もっと勉強していきたい。